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第9回大阪ショートショート大賞 発表


 

出題は「坂」

 

大賞 なし

 

入選 矢口絢葉「いつのまにか」

 

佳作 手塚太郎「黄泉比良坂」  

 

全応募作(190編…海外からの応募1編を含む)から一次選考で選ばれたベスト1 1篇
についてコメントします。  

 今回の出題は「坂」で、これは地形の坂をはじめ、運勢や景気の上り坂・下り坂など 、多様に解釈できる題です。さすがに「まさかという坂がある」なんて結婚式のスピーチで 田舎の村会議員が口にするようなのはなく、色々と趣向が凝らしてあって、選者としても楽しませていただきました。
 ただ、全体に「設定に無理があるもの」「ヒネリが足りないもの」「オチが唐突なもの」など、詰めの甘い作品が目立ちました。
 むろん、最初から欠点のない、完成した傑作が書けるわけではありません。再読・三読してみて、構成に矛盾がないか、もう少し結末を工夫できないか、推敲することでも っと
良くなると思える作品が目立ちました。
 今春、評伝文学としては10年に一度の傑作、最相葉月『星新一 1001話をつくった人』(新潮社)が刊行されました。これを読むと、星新一氏が、大作家と評価される立場 になっても、いかに一作一作に(いや一字一句にまで)心血を注いだか、その苦悩に息詰まるほどです。

  大作家・星新一氏にしてこの苦悩と努力あり。

  いったん書き上げた達成感を捨て、再度、推敲する気構えが大事です。

 今回、残念ながら「大賞」なしとなりました。
 以下、個別のコメントです。  
 佳作にしてもいいなと思った作品には○印をつけました。これらは、視点を変えるとか、
描写をもっと工夫すれば、さらに良くなるはずです。

西森強「無限水流」○

 

  典型的な「マッドサイエンティストの発明」パターンで、話の骨格はきちんと押さえてあります。これは「第一種永久機関」に分類されますが、それだけにオチは(別の立場の者が隠蔽するだけなので)弱い。「第一種永久機関」は科学的には存在し得ないのですから、少しそれらしい架空の理屈をつけて、予想しなかった欠点によって破綻するパターンにしいほしいところです。装置の動く描写 がうまいだけに惜しい。

 

羽賀暁「リベンジ」

 

  「無限水流」とは逆に、オチはうまいが、そこまでの描写に無理と矛盾があります。 ある坂道に来ると必ず転んでしまうという着想はいいのですが、怪電波や宇宙船の扱いが非現実的です。ここはもう少し静止衛星の軌道とか、あるいは月面基地など、リアルに描写すれば、読者は騙されて、結末であっと驚くはず。たいへん若い作者ですから、 発想の奔放さは失わず、丁寧な描写を心がければ、きっと伸びるはず。

 

下仲健太「その坂の先で最高の出会いを」

 

  「私は追剥ぎである」という書き出し(これは面白いです)で、時代物かと思ったら 、現代もの。しかし、人通りのない山道を深夜帰宅するOLとか、暗い山道で拾った成 人誌を見て欲情するとか、描写が現実離れしていて、ちょっと乱暴です。……決して追 い剥ぎとか痴漢を実行してはいけませんが、もし実行するとすれば、周囲はどんな雰囲 気か、モデルになる現場を想定して、一度深夜に「現場」に立ってみてください。きっ と描写のポイントがつかめますし、小道具に使えそうなものが発見できるはずです。

 

近藤英二「上がるの、下りるの?」

 

 坂道を人生の重大な分岐点に置き換えた作品。  文章は破綻なく、日常描写も手慣れたものです。ただ、オチは「想定内」です。

  これはショートショートでは禁じ手のひとつ「夢オチ」のバリエーションで、もうひ とひねりが必要です。

 

西島理恵「床替坂異聞」○  

 

   ある坂道のある状況が異世界に通じるという民話的着想は秀逸。異世界の日常生活の 描写をもう少しリアルに書けば(このままでは、この世に帰りたくなる心理が実感でき ない)さらに面白くなります。  

   ただ、オチは弱い。ひとつは「時事ネタ」にこじつけた点。これは半年で古びます。 もうひとつは、「入れ替わり」があるなら、主人公と入れ替わった者が「この世」にいるのではないか? これを使うとさらに面白くなります。

 

骨谷そら「坂をやってくるもの」

 

 珍しい「人情話」めいた設定。坂道の設定も生きています。  

  ただ、これは30枚以上の短編にすべきテーマです。どこかで復縁を期待している男の微妙な心の動きを「おでんのタネ」に象徴してあって、この狙いもいいですが、やはり 枚数不足。夕方の開店から深夜の店じまいまでの描写でこれをやれば、内海隆一郎氏風の短編になるはず。子供も出してほしい。

 

手塚太郎「黄泉比良坂」○

 

 イタコに呼び出された男の一人称描写という視点は秀逸で、ぼくが読んだ限り、この視点でかかれた作品は知りません。しかも、妻の反応が抜群に面白い。 この感覚のズレを徹底して書けばさらに面白くなったはずです。  

   ただし、オチが中途半端で、今ひとつ決まっていません。これは惜しいです。

 

手塚太郎「所変われば」

 

 異なった世界で育った人間のカルチャーショックで、現代/過去、地球人/異星人など、色々な設定で、過去にも数多くの作品が書かれています。たとえば鼻緒のないゲタ を見た宇宙人が「仮面ではないか」と議論するとか、価値観に突飛なズレがあるほど面白いのです。オチに無理やり「坂」を持ってきたためにつまらなくなりました。スペー スコロニーと地球なら(たとえば雨の降り方……スペースコロニーでは横から降る…… など)もっと面白い材料があるはず。

 

石丸桂子「告白」

 

 妻に去られた男の生活描写はなかなかうまく、洗濯機の使い方をマスターするくだり など笑わせます。この調子で、本人の思いこみとやってることのギャップがエスカレー トしていけば面白いですが、オチはあまりにも現実にありそうなことで、ちょっと弱い 。主人公が「片思いされている」という思い込みをもっと徹底して極端に描写すればラストが生きます。このままでは四コママンガのオチで、「クスリ」程度で終わっています。

 

山勢登「転落」

 

  「人生をやりなおせる」という言葉に乗せられる……これは典型的な「悪魔との契約 」パターン。これには「定型」があって、原則的に願い事は3つです。最初に「小さい 願いをかなえてくれて信用する」、二番目に「大きな願いを叶えてくれるが、予想外の 落とし穴がある」、最後に「それを修復するために願いをかけ るが、すべてを失うか、さらに不幸になる」  

   むろん定型を守る必要はなく、新しいパターンを作ればいいのですが、一回きりであ とはなしというのは、お話としては単純すぎます。  

    できればこの分野の名作『猿の手』を読んで、このパターンを参考にしてください。

 

矢口絢葉「いつのまにか」◎

 

  百年を閲した老朽家屋に住む老夫婦、次第に傾きつつあるのに家から出ようとしない 妻……文章は端正で、心象風景として描かれる「傾いた家や樹木」の描写もうまいです。  今回の応募作の中では「いつまのにか」が突出しています。  

  入選は間違いなし。大賞とするかどうか、かなり迷いました。  

   ただ、冒頭の文語体部分(テーマが意識的に強調されている)が果たして必要なのか 、少し疑問を感じたのと、結末部分(最後の3行)をもう少しわかりやすく書く方がいい(たとえば視点を客観描写にして、誰もいない老朽家屋を描くとか)にする方がいい のではないか……これがベストという自信はありませんが、何かもっといいかたちがあ るはず。   微妙なところですが、過去の作品などと比べて、入選作に留めました。
  しかし、この文章力あれば、さらにいい作品が描ける人と思います。

 

○印作品は、それぞれ面白いですが、「黄泉比良坂」の着想が面白く、佳作としまし た。